心の土台になる経験が愛着形成
先日、「奥様は取り扱い注意」というドラマを見ていたら、こんなシーンがありました。
奥様役の綾瀬はるかさんが友達から、「なぜあなたはそんなに強いの?」と問われる場面で、超たくましい奥様がこう答えました。
「私は生まれ育ちが複雑で、周りはみんな敵だと思ってた。今は、素敵なパートナーに恵まれて周りの人が敵だと思わなくなった」
このシーンにかなり共感した私…
きっとこの奥様も、愛着形成がうまくいかずに大人になったけれど、パートナー(愛着の対象)との出会いで、自分の味方ができ、守られることを知り、甘えてもいいという経験が得られたんですね(他にもいろいろ要素はありますが)。
その結果、愛着パターンが安定したものに変容した。それがまさにこのセリフ!と勝手に興奮しつつ…
もしかしたら脚本家さんも、不安定または回避的、もしくはその両方の愛着パターンだったけれど、パートナーの存在によって、安定的な愛着へと変容していった人生だったのかもと思ったり…
以前、「愛愛着には臨界期がないからこそ、いつでも取り戻せるし再形成できる」という記事を書きましたが、まさにそれですね。
「愛着」に甘えてもいい
愛着に甘えてもいいという感覚が自分の中にできると、自分の居る場所が居心地のよい安全地帯になり、生きることが楽になることがあります。
幼少期に母親もしくは養育者に「特別な存在」として愛され、理由を問わず条件付けもなく、守られているという経験は、「何もないけれど自分はここに居ていい」という無条件の肯定です。
大人になってからでも、そういう時間や空間、または愛着対象が持てたとき、その関係性の信頼とともに、愛着による「安心感」が形成され、それまでの愛着パターンが緩み、本来の安定的なものへと変容していくことを覚えていてほしいなと思います。